ずっと日記書きたくなかった

ただただ惰性では書けなかった

ならどうするんだ

このまま何もしないのか

何を直して
何を理解し
どう動けばいいの

この恨みにも言えない嬢の混ざった感情も
どこに吐き出せばいいの

吐き出せば相手を悲しませる
何も変わらない
いってスッキリするのか
しなかったよ

気づいてもらえないこと
この口から言って
私は私を嫌いになる


本当に目の前の人は私の大事な人なのか


利用対象ですか?


なんであの人は受け入れなかったんだ
自分がまず人間として認知され存在してると思われてることを
これは観点の話でない
人間としての心構えだと

せめてそれがあれば
浮き彫りにしなくて良かったのに
数え切れないほど植物がある中でなぜ
人は桜が咲いた時惹かれる人が多いのだろうか?

今日朝準備しながら『僕らの時代』を見てた時
「桜を見上げることがない」
というセリフが耳に残った。

何故だろう?
花を年々意識してきている自分はふと疑問を思ったけど
そもそも桜をわざわざみるものと思っている自分はなんなんだろう?
とも考えた。

「世中(よのなか)にたえて桜のなかりせば春のこころはのどけからまし」

世の中に桜などなければ、春は心のどかに過ごせるだろうに
という古来の名歌に歌われるように
昔から日本人は桜に魅了されてきている。

昔芸人の若林がハロウィンの事を
エンジョイハラスメント
と称していたが、これを歌った人はその元祖だろうか。

というのは冗談で
1週間ほどで散る桜に予定や天候に振り回されていたのは平安時代の人も同じだったと解釈されてました。

調べてみた所
桜のすぐ散る姿に生と死をつなげてみていたようです。

日本人の大和心に繋げたこの記事は
一理あるかもなと面白かったです。

どこかで萌え切らない思いを燃やし散り行きたい
って言ったら重い話ですが
桜の姿をそう照らし合わせ見ると
また桜の見え方も違うように見えますね。

なんとも悲しいニュースですね。

私たちでさえ
今の時代のスピードについてけず
先の事も考えるよりも
まず今どう生き抜くかで必死なのに

まだ心も整わない年代の子供達は
尚更
周りからの影響にどれだけ振り回されるのだろうか。

まだ死んでないから生きる事は幸せだなんて
大それた事はいえない


ただ人間こんなもんじゃない

進化をこれからも続けていく

もちろん苦難もあるだろうけど

苦難をどう受け止めるかだ

その苦しみを本当はどうしたい

まずは現実的に無理
なんてところを忘れて考えて欲しい

他人との比較や理想や周りの意見
沢山のフィルターに邪魔されて

苦しい時は
本当の自分の声が聞こえない時だと思う

あなたはどんなことしたい?
誰といたい?
それ以上に
あなたはこの人生どう在りたいか

どんなことしても
誰といても
あなたの在り方はブレない

それに気づいてそして考えて欲しい

可能性というのは
自分の在り方でいくらでも形を変える

この言葉を出すまでにどれだけの葛藤があったのかは彼女にしか分からない。
2015年スタンフォード大学で起きた事件

けしてこれを取り上げたのは
性別の悲しみを上げたかったり
女性の怒りだとか
そう言うことではなく

彼女が
決して誰にも自分を決めつけることは出来ない事
そしてここに立ったのは
自分だけではなく身の周りの人だけでなく見たこともない人のためだった事
その部分に強く共感したからです。

この記事には被害者と加害者の
人間としての立ち位置が顕著に露呈されていた。

事件からの一年をこの裁判での彼女の言葉に全て集約されていると感じた。

この感情をうまく言葉にできないが
彼女は決して加害者のみに怒りをぶつけてるわけではない
事実を元に
弁護士、保護観察官に対しても矛先は向かっていた

どれだけ自分が
そして男よりも救えなかったと妹は未だに嘆き後悔し傷つけ続けているかを語った

犯人は飲酒のせいにし
自分を偽り続けた結果出した答えは
自分の悪を受け入れられなかったこと

そして保護観察官も
彼の水泳選手として築いた地位が失われただけでも
罪は軽くなると証言してる所は
彼女にとって関係のないこと

大学キャンパスでの飲酒文化が引き起こす乱行について体験者として自分が声を上げるプログラムを立ち上げる
そう彼が動いてる内容を聞いて
自分の弁解の場を作る前に
彼はやる事があった

彼女は家族、恋人、支えてくれた人々だけでなく
彼の周りの人の誰よりも
彼に向き合った言葉を投げた

あなたの人生はこれで終わりではなく
幸せな場所を見つけたらいい
だが今あなたは肩をすくめ理解してないふりをすることはできない
アルコールのせいであなたの人生がひっくり返ってしまったとは思わないで欲しい
彼に向けた言葉がずらりと並んでいました。

ここまで言葉にするのにどれだけ向き合わなければならなかったのだろうか

暗闇の中で寝る事が出来ず
朝が来るのを待った彼女にとって
一年はとても長い年月だったはず。


彼女は周りの力を受け取り
自分の心とあの事件と向き合い
自分の在り方を見出したのだ。


夜分にこんばんわ
自己愛が偏屈で止まらん私です。

最近はわー自分のことばかり考えて
他人の様に人を思いやれない!
って思考につかまれてます。

上司に
あなたは他人に興味がないんだね
という言葉から部分で取り始めてたんだけど

文にして客観的に考えると
いや他人の目を気にしてる私が
興味ないと?とも思う。

まぁ元を辿ればその根源は自分が好かれたいから 嫌われたくないからだけど

そう思うと
他人の興味や好意はあって
それ以上に自分が好きなのかな?

うーん、一部あるけど全てじゃない。

そう考えてぶつかるのは
自分のことがわからなくて
分かりたいがために考える時間が長いのか
とも思えてきた。

わからんと言うのは
自分の本質や本当に残りの人生でやりたいことは何か
これだ
ってのが欲しい
表面上が変化あれど
芯の揺らがない根本的なもの

それを知りたくてntechを学んだのはあったんだろうな。

本当の自分の心を知って
その姿でたくさんの人と出会いたい

誰かに愛されるよりも
自分が自分を知って
好きも嫌いもない次元から愛したい

誰かに埋めてもらうのではなく
自分の在り方をみたい

そこから人を愛せるのかな。と思うこの頃

相手がこうしてくれると思ってたから

ではなく

相手が私の予測通りに動いてくれると思ったから


と言ったらやたらしっくりくる


自分が否定されない
自分が受け入れられる
自分が誤らない
自分が自分が自分が


この中心軸が抜けない限り
なにもみえないままだ


人は減点法を選びたがる
だからどう今の状況を自分が楽しむかだと
加点式推奨な人が

そう言いつつも自分もまだまだそう考えられてない。
自分のやりたい事をあんなに楽しんでる姿を見ると悔しさでるねと

キラキラした舞台を見た後に言う
葛藤をみて
人間らしいと羨ましくて

あれができないから
いつもやらかすから
そんな理由で
やれてる人を見ては
自ら下のポジションにいっている

相手にそれが伝わる伝わらないといえど
自分は分かってるんだよね
というよりも
規定してるがしっくりくる。
自分はこの人には勝てない
この人より劣る

そうすると言動にでる

その言動が自分の現実をつくる


自分はそういう生きる姿を求めてるのでしょう

諦めるのも自分の選択

でもほんとに求めてることは
どれなんだろうね

それがいいとするのか
それでいいとするのか
とりあえずなのか
本当はいやだけどなのか
私は幸せになっていいのか
不幸を言い訳に動きたくないのか
諦めの材料探してたのか

大げさに言うと
なかなか理解されない人を理解し支えたい(キリッ( ¯•ω•¯ )
なんて自己満解消の付き合い方を好んでたけど
(文字にすると酷いな

いざパターンの悩みのタネがない

オラは戸惑っている

いつものパターンができない!!!

悩みといえば自分の不甲斐なさ!!
(これも自分のパターン

それだけじゃ自分ばかり責めて耐えられない

ってなんじゃそりゃ

周りにそのままでいいと
でもやりたい様に変わりなさいと
いわれ
おらは
戸惑っている

勝手に自己プレッシャーに潰される

大事にされすぎるとこのバランス崩したくなくてこわくなる

守りだけに入りたくないねん
動かねば守ることもできないこと知ってんねん
混乱しすぎて関西弁

安心ベースの上にあげられて
今変わらなくていつ大事な人たち守れるんだと思う日々

そしてそんな自分にできるんかいって疑問との殴り合い

ええととりあえずみんなに会えて幸せ
ただ受動的な愛に捕まらず

あたしゃ貪欲にいきたいみたい

謙遜がはずれてどうしようもないわ

去年
私は悩むのが趣味なのかと思う位
グルグル悩みました
ええ同じことを笑

同じことで悩み続けると
自分の感情見たくなくなるのか
感情を箱にしまって無になるような感覚になるんすな。

傷つきたくない
それに伴って喜びもない

もう動くのもしんどい
抜け出したいはずだけど気力がない
もういいや、このまま…

ってなってたけど

ほんとに、ほんとーにどうしたい?
って思う質問が自分に問いたくなる動きがあり、答えが欲しくなるのね

体で考えると疲れる これ以上しんどいの嫌
心で考えるとこのままはいや 助けて
アクセルとブレーキでまた疲れてた

自分のブレーキもアクセルも人なんだよな
人の意見にとかじゃなく
原動力にもなれば足枷?というのは失礼だけどそれっぽいのにもなる

こんな差があるんかいってくらい関係性って大事だな

動いた結果
予想通りしんどい、心がそして連動して身体も

でも清々しさもある

何より嬉しかったのは
箱から感情とりだせたこと

よかった、素の私はシンプルに好きだったんだな
と最後に分かって。

しんどくて逃げたい時の先に
悩んでた答えがあるから
そして外の世界から見ると
ちっちぇー

なのに愛おしいね
もっと自分を愛して
愛してる自分でみんなを愛したいぜ
あけましておめでとうございます。

今年はどんな年にしましょうか

私は自分の行動パターンから
深掘りし、自分の原動から解放されたい

人を支える立場になれる成長をする一年にしたいです

この年末相手の意にそう行動をしたくて仕方ない自分を改めてみることがありました。

ただ相手の意に沿ってとは
私の思い込みの中の相手の意の事でした


多分信じるレベルでしか人を見てなかった

理想的な友人
恋人
パートナー
仕事
プライベート
自分

当てはまらなければ裏切られたとか
間違えたとか

信じてたのに!
なんて言葉が
もう使えなくなってしまいました。

信じてたのに!
何を?
自分の理想とするあなたに貴方は当てはまってると信じてたのに!


すごい確率の話をしてますよね、あほか

でもそれは言葉レベルで去年理解してたつもりでした

理解してなかった


じゃあ逆を取ればいいのかと思ってたのです

愛してダメだったから
愛される人がいい

こうして裏切られたから
そのルーツと逆に行く


結局自分のフィルターの色を変えても
分析する自分のパターンを通れば
元筋は同じになります

逆に行けばさよならしなくてすむ
なんて思いたかったのです

さよならも出会いも
パターンのみからでみるのでなく
外から見た上で
自分の選択肢の無限さを知る

今日は仲間にそれを導いてもらいました

濃い一年の始まりです。

勘弁してください。←

自分が流されるくせがついてることに気づいたのはいつだったか

ほんとは狂う様な感覚が欲しい
やりたい事をやってやってやりきって
ダメでもこんなしたならいっか!って
言えるほどに。
って感情はただの波だと思ってやり過ごしますか
なんて思っては何も動けなかった

動かねば得られない
動かねば保てない
ただの固執
色あせてもそれは決して普通のことだと
本能は違えども
安定など望んでない
散々愚痴ったあとの虚しさ笑
虚しいことしてんなー

そう思っては確信も答えもでず過ごしてました。

でも後悔する場面に出会うんですよね

なぜやらなかった

出来ていれば守りたかったものを守れたはず


きっとこれからも来るでしょう。

そう言った意味では
自分の認識を整理することが
一番安心して進めることだと気づけたことは
私にとって大きな財産だ。

私はダメだから


そんな理由な人はいないって


思えることが泣けるほど嬉しかった

私も誰かのために生きたい

自分のために生きたい

愛してるひとに愛してると言っていい

大事なのは
ダメな自分からの出発でなく
整理した自分から冷静に外側から俯瞰して
今すべきことを考えること。

それを蓄積していきたい。

もう今年も終わりますね。

今年も沢山の人に助けられた。

来年はもっと自分らしくいきたい。