靖国神社に行ってきました
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妙さん、元気で。強く。幸多かれと祈る。
不思議な、因果な、そして淡い縁だつたね。然し中村輝美てふ男の心には強く焼きつけられてゐる。
私が行く所は「決戦部隊」
詳しくは書けないが、日本の総反攻の最先端に立って散る飛行隊。
男子としての本懐はこれに過ぐるものなし。妙さんに泣かせ度くはないが・・・。(中略)
名古屋の駅で妙さんに肩を叩いて
「元気を出しなさいよ」
と云ったのは自分自身に云った言葉、
何だか辛い気持ちだった。
あんな気持ちは二度とないだらう。
未練な男だね私は。
ただし今はすべての浮世のきずなを断ち切って天翔る。
私はそれが出来ると信じてゐる。
妙さんも信じて下さい。
未練はあったが私も男。
それが出来ねば妙さんの夫として
恥ずかしくないと云えないものね。(中略)
万一の場合 天皇陛下の万才を唱え奉り、その後の余裕があれば
必ず妙さんに「さよなら」を告げるよ。
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今日もお疲れ様です。
久々に九段下におりて
行ってきました。靖国神社〜
ゴルゴンゾーラハンバーグを胃に蓄え遊就館へ。
5年ぶり。
前はここを見た後大事な決断が待ってたのに
駄々こねたんだよなぁ。
私 やだ、今決断したくない。
ピ じゃあ何がしたいの?
私 焼肉食べたい。
もう仲間1人が泣く泣く決断していた裏で
私は三茶の焼肉屋さんを堪能してました。
ええまぁ、美味しかったよ(白目
いい 思い出
この遊就館には私の母の叔父にあたる方の名前があって
母が昔靖国の事務所に問い合わせした所
ちゃんと記録が残っていて母が喜んでいた記憶があります。
いつもここにきて思わされるのは
『観点の衝突により歴史が動いたこと』
もあるんだけど
『人々の涙の上で私たちはなりたってる』
というイメージが特に強い。
ここの神風特攻隊の子達が
犬を抱いて5人で撮っている写真や
笑ってる映像をみると
なんでこんな環境であなたたちは笑えたのと
いつも問いたくなる。
でも
彼らの残した手紙を読むと
本人前には聞けない。
そして自分勝手に泣きたくなるのです。
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上の内容は
中村照美さんという方の19歳の妻に宛てた手紙の内容でした。
情に生く 男の子なりしを 蒼空に 天翔ける身の 抱くべき ねがひぞかなし 吾が愛す なべての人に とことはの 幸あれかしと 今ぞ我れ 天翔けり行く
中村さんの願いは、自分の愛するすべての人に永遠の幸あれ、という事だった。そこには自分の運命に対する恨み辛みも、また敵国に対する憎しみもない。ただひたすらに愛する者の幸せを願うという純粋な気持ちである。
こちらより抜粋
靖国神社の日本の武士道をもった
日本人の姿勢 という観点も大切なものだ。
アメリカ思想に押され
そんな日本万歳の考え方を危惧するのも観点。
私は
そのどちらも選ばない
ただ大事な人を想う中村さんの願いを読む方が純粋に心打たれた。
こんな思われたら女冥利に尽きるなぁ
って気持ちもありますけども。
海外の人からすれば
何故こんな叩かれてもこの場を守るのかと思う人もいるでしょう。
私たち と言っていいかはわからんが、
礎を築いた人の思いを踏みにじれない。
例えばだけども天皇に罵倒するのも選択出来ない。
ずっとずっと守り守られ
日本の心となってくれてる方だから。
でもそんな心だけを選択せず
海外の人の涙も受け入れられる
人間になりたい。
今は私の中で中村さんと妙子さんが
幸せであることを切に思う。
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